風景突き抜けた世界
木村禮三郎
木原義明先生の絵画は、自然の風景をつきぬけ、自己の内部に投影された心象を、さらに温めたものの内的表現として、ひとつの作品世界を形成している。
「日御碕」(10号)は左手の屹立して黒味がかった茶色の岸壁と、手前の茶色で赤褐色をした黒っぽい荒磯、その前方の岩礁に飛沫(しぶき)を上げている白い波、乳灰色の空と波涛が混然一体となって表現されている。何とも冬の日本海らしく力動感にあふれる波の盛り上がるさまを、鋭いタッチで抽出されている。水彩画でこれ程のダイナミックな動きが出せるものかと思われる程の迫真力である。この作品は一昨年、県立博物館で開催され日本現代美術協会展で、最高の栄誉である内閣総理大臣賞に輝いた「山陰海岸」(100号)を彷彿させる迫力ののある作品である。
次いで横長な和紙に描かれた「田後」の海は上記の作品で、右の巨大な岸壁と、上部に突き出した岬の岩礁に大きな波涛が飛沫を上げて打ち砕ける様が強く描かれている。ところがこの作品にはコバルトブルー、緑の色の美しさが冴え、心洗われるような思いにさせられる。
また、「輪島」(3号)は、早朝の海に大きく輝く太陽がまぶしく水平線上にあり、沖に突き出た突端は幾分暗さを残しているが、中央の海一杯に光があふれている。この輝いた海には一見無造作に描かれているようだが、よく見ると細かい配色の工夫の痕(あと)が伺われる。「牡丹」(8号)は幾層にも重ねたバックの青の色相とピンクの華麗な牡丹の花、緑の葉のコントラストが生き生きとして美しく、ガラスの花瓶の透明感、鉛筆の線も効果を上げ、繊細さがよく表現されている。
繊細さでいうと和紙に淡彩画のように描かれた「蝦(えび)」(3号)がある。触覚をピンと張り今にも動き出しそうである。また「蟹」(3号)「アカニゴ」にしてもそうである。柔らか味のある肌色の微妙な色の輝き、いとおしささえ感じさせる。
風景突き抜けた世界
木村禮三郎
木原義明先生の絵画は、自然の風景をつきぬけ、自己の内部に投影された心象を、さらに温めたものの内的表現として、ひとつの作品世界を形成している。
「日御碕」(10号)は左手の屹立して黒味がかった茶色の岸壁と、手前の茶色で赤褐色をした黒っぽい荒磯、その前方の岩礁に飛沫(しぶき)を上げている白い波、乳灰色の空と波涛が混然一体となって表現されている。何とも冬の日本海らしく力動感にあふれる波の盛り上がるさまを、鋭いタッチで抽出されている。水彩画でこれ程のダイナミックな動きが出せるものかと思われる程の迫真力である。この作品は一昨年、県立博物館で開催され日本現代美術協会展で、最高の栄誉である内閣総理大臣賞に輝いた「山陰海岸」(100号)を彷彿させる迫力ののある作品である。
次いで横長な和紙に描かれた「田後」の海は上記の作品で、右の巨大な岸壁と、上部に突き出した岬の岩礁に大きな波涛が飛沫を上げて打ち砕ける様が強く描かれている。ところがこの作品にはコバルトブルー、緑の色の美しさが冴え、心洗われるような思いにさせられる。
また、「輪島」(3号)は、早朝の海に大きく輝く太陽がまぶしく水平線上にあり、沖に突き出た突端は幾分暗さを残しているが、中央の海一杯に光があふれている。この輝いた海には一見無造作に描かれているようだが、よく見ると細かい配色の工夫の痕(あと)が伺われる。「牡丹」(8号)は幾層にも重ねたバックの青の色相とピンクの華麗な牡丹の花、緑の葉のコントラストが生き生きとして美しく、ガラスの花瓶の透明感、鉛筆の線も効果を上げ、繊細さがよく表現されている。
繊細さでいうと和紙に淡彩画のように描かれた「蝦(えび)」(3号)がある。触覚をピンと張り今にも動き出しそうである。また「蟹」(3号)「アカニゴ」にしてもそうである。柔らか味のある肌色の微妙な色の輝き、いとおしささえ感じさせる。