過去の展覧会

フナイタケヒコ展 ~夢読み空間2004プラス~
2004.11/11(Thu)~11/16(Tue)

 

~フナイタケヒコ個展に寄せて~
作為と無作為の間で


本年七月、東京のシロタ画廊での六回目の個展は、「夢読み空間2004」と題しての三十二点の展示であった。夢は眠るという虚(空・無)の中にあり、作為、無作為を超えた意識の外にある。人の意識の及ばない混沌の世界が制作への意欲をかきたてたのであろうか。
好評を博した作品が、美術評論家赤津侃に認められ、九月に新宿での四人の作家による企画展となる。日本最大の情報量をもつ東京にあって、作品が認められることは、ましてや、企画展の運びとなることは容易なことではない。このフナイが、地元で、この作品に新作をプラスして披露する。
制作の手法についてフナイの言葉を借りよう。  
「先ず最初に、濡らした日本画用の絵絹(えぎぬ)上で、何色かのパステルによるドローイングを試みる。ほとんど無作為に引いたパステルの線は消すことの反復によって溶けだし、様々な濃淡と強弱を持った痕跡を残す。それを乾燥させグロスメディウムでコーティングした後、木枠に張り付け、さらに油彩による色を線の痕跡にからませていく。線の痕跡と色は、絹という素材の性質上、半透明の画面に定着され微妙な空間を生み出してくれる。そのような作品の展示方法との相乗効果を勘案しながら、自己完結して閉じることのない表現性を求めている。」
新しい現代の美術を探求し、発表を続けることで鳥取をリードしてきたフナイが、これまでの活動を高く評価され、今年度の鳥取市文化賞を受賞した。そのフナイが、試行錯誤の末にたどりついた今の己に最も適した技法がここにある。この技法から生まれる線や色は、線であって線でなく、色であって色でない微妙な空間を創り、深さと広さをかもしだしている。このすっきりとしていながら、やさしい混沌の世界からは、心地よく浮遊する安心感を覚える。
フナイは、描くべき「何を」は、可能なかぎり排除したいという。とはいえ、完全に排除することは不可能である。この不完全さと、どのように折り合いをつけるかを探る中から生まれてくる親しみ感がフナイらしさなのではないだろうか。
フナイはこだわる。こだわりの程を知る丸ペンによる黒インクの執念の連作を残している。ひとつのミスも許されない厳しさが生んだ作であった。
このこだわりが「夢読み空間」の自由な対応性のある世界を生みだす基となっているのではないか。  
設計図をひくがごとくの正確さ、きびしさは、フナイの《ものつくりの型》なのである。型は創造のための方法論である。観る側の創造性を刺激し、より多様な「何を」に対応できるフナイの作品は、極めることから生まれた型によって開花するのだ。こだわりの感じられない作品を生みだすこだわりに、こだわるのが、フナイのものつくりの型なのだ。こだわればこだわるほどこだわりから解放されるのか。
知性と感性を研ぎすませて画面と対峙することで作為からの脱出をはかった混沌の世界は、フナイ独自の抒情性の中で、観る者を完結しない未来へといざなう。それぞれに、「何を」をみいだすことのできるうれしくも楽しい作品展である。

                   (自由美術会員 ニシオトミジ)

                  2004.11.11日本海新聞掲載記事より

  フナイタケヒコ:鳥取市在住