過去の展覧会

 


フナイタケヒコ展 霞堤物語
連鎖2005-2006/生成する記憶形象の流路
(Gallery ANDOH dueにて同時開催)
2006.10/26(Thu)~10/31(Tue)

      


フナイタケヒコ展に寄せて

―鮮烈な記憶形象の光景―   木村禮三郎

 

この度「ギャラリーあんどう」で、「霞堤物語/生成する記憶形象の流路(パートⅡ)」と題したフナイタケヒコ展が開かれる。これは先般、美術評論家赤津侃による企画で東京新宿「ギャラリー渓」で開催され、高い評価を得て終了した同じタイトルでの個展「パートⅠ」に続く企画である。

今回、フナイは、自宅アトリエの近くにある霞堤(かすみてい)にからめて生まれたイメージの形象を物語に仕立て、一年半の間に六十点程の油彩作品を制作した。 

その作品を見る限り、フナイは確実に深化発展を遂げている。特に「指」で描かれた作品群は、特異な「記憶形象」の斬新な光景を展開し、鮮烈でさえある。ここで特徴的なことは、意識の深層を通して存在と記憶の歴史、その集積と連鎖による「場としての平面」の視覚化をはかっていることである。

ボナールが「眼前の対象やイメージの象徴的描出」でなく、「対象の視覚的な記憶の再構成」を試みていったように、フナイは、「画面上に視覚的記憶形象をいかに定着するか」ということが今回の連作の主要な課題だと述べ、「色彩と線の、遠近法・明暗法によらない(セザンヌ~マチスの)表現方法」をいかに取り込んでいくかという問題に遡及(そきゅう)する。そして、視覚的なものに限定されないで、身体を通しての「記憶」の確かめの過程で、言語に還元できない「痕跡」を重視し、「指」による描画を推し進めるのである。

確かに「霞堤物語K‐063」、同じく「K‐064」「C‐063」等のフナイの作品は、かつてエルミタージュ美術館で、観衆に忘れがたい感銘を与えたマチスの傑作、「ダンス」、「赤い部屋」を想起させるものがある。

―ここに至るまでに、作家は、制作上の多くの問題を乗り越えていく困難な過程を経てきたと思われる。

フナイは、一九六九年に鳥取で旗あげした現代美術グループ・スペースプランの十年間の活動を通して、「表現のゼロ地点」とも言うべきミニマルな立体やコンセプチュアルな作品を手がけている。多くの拡散する試行を経た後、立体から平面への回帰がなされるが、 

フナイの新たな「平面」は、「自己完結しない形でのイメージの提示」を求めた「クリスタライゼイション45。」の百点に達する連作に始まる。

さらなる曲折の後、ニューマンの「分割される空間でも、構築する空間でもない絵画」の方法意識、フランク・ステラの「シェイプ・ド・キャンバス」における『図と地』のありように関わる問題を追求した油彩の「遊体」シリーズ(九〇年)が制作される。九五年以降は、東京シロタ画廊での六回の個展で、銀箔や絵絹などによる新手法で、「遺景」「夢読み空間」の作品が発表され、赤津氏の評価を得て、今回の企画につながるのである。

ポロックがオール・オーヴァの前人未踏の絵画を築いたように、フナイが、さらに次の世界へと連鎖し、あらゆる困難を克服し、大いなる発展を実現するよう願ってやまない。

(鳥取市片原五―三五五)

 

ギャラリーあんどうブログ

「フナイタケヒコ展 1」

「フナイタケヒコ展 2」

「フナイタケヒコ展 3」

「フナイタケヒコ展 4」

「フナイタケヒコ展 5」

「フナイタケヒコ展 6」 

「フナイタケヒコ展 7」  
 

 

 

             

 

 

 

フナイタケヒコ:鳥取市在住