過去の展覧会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



フナイタケヒコ展 ―イメージの条件―

2008.11/15(Sat)~11/20(Thu)

■フナイタケヒコ:鳥取市在住
HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~hunai/

 

フナイタケヒコ展によせて

「立ち上がる光景」

 

 人はなぜ、絵を見るのだろうか。人はなぜ絵を描くかという問いはこれまで幾度となく繰り返されてきたが、なぜ人は絵を見ようとするかという問いかけは、本質的な問題であるにも拘らず、今日まで等閑視されてきたような気がする。この度、フナイタケヒコのアトリエを訪問して近作を実見し、この古くて新しい問いが脳裏に浮かんだ。

 フナイは、一九六○年代後半より、主に絵画を表現手段として制作を続けている作家である。具象的な作品から出発したフナイであるが、やがて抽象に移行、力強いストロークが画面を横切る表現主義的な作品から、茫漠とした色彩がパネル面を満たす連作によるインスタレーション、余白を生かした即興的な作品や、筆触を強調したハッチングによる作品に至るまで、90年代以降に限っても、フナイは実に様々なスタイルを横断しながら作品を展開している。しかし、このような作風の変遷は自らのスタイルを確立するための単なる試行錯誤を意味するのではない。表面的な画風の変化とは裏腹に、作品を通底するのは、矩形のキャンヴァスに絵具といった所与の条件のなかで、何かが生成する場を創出する試みの軌跡に他ならない。近年の作品の多くは「光景」と名付けられているが、現実の具体的な対象が再現されている訳ではなく、作家の言葉を借りれば「水面に浮かぶ花びらが風や太陽の光によって変化するように」、そこには絵画を描く作業の過程の中でのみ立ち上がる光景、絵画というメディアのみ表現が可能な世界が具現されているのである。

 翻って、冒頭の問いに立ち返ってみよう。作家が目撃するのは作者の心象風景などといった手垢にまみれた言葉では片付けることのできない、絵画を描く中で出会う絵画特有の光景である。そして我々もまた画面に視線を走らせる中で、制作過程を追体験するだけではなく、それぞれに固有の光景を新たに獲得する。これこそがフナイが私たちに提示する絵画を観ることによってしか得られない悦楽の世界なのではなかろうか。

尾崎佐智子(キュレーター/元滋賀県立近代美術館学芸員)

 

【フナイタケヒコ展―イメージの条件―は、15日~20日まで、鳥取市本町一丁目ギャラリーあんどうで。】

 

Galley ANDOH Diary 「フナイタケヒコ展 」関連記事

2008/11/19 「フナイタケヒコ展 1」 

2008/11/15「ギャラリーに壁!?」