過去の展覧会

長谷きみこ洋画展「わたしの世界」
2009.9/24(Thu)~09/9/29(Tue)

 

母への心情、愛を形に

 

 「鳥取に、こんな色調の絵を描く人がいたっけ」と感じたのが数年前のこと。長谷きみことの最初の出会いである。人生の節目として、3回目の個展を開く。

 京都で生まれ、父の転勤で神戸へ、その後は転々と・・・。自身がいう流れ者と。この流転の中から生れた色調だったのか、と勝手に納得。

 子どものころから絵が大好きで、小学校では代表に選ばれるなど秀でていた。2回目の京都では、服飾デザインの仕事につき、布地の原画を描き受賞するまでの結果をだしながら、性に合わないと辞めてしまう。鳥取では夫と写真館を経営、プロとしての技を磨き受賞している。また古流生花の師として現代華の指導にもあたっている。流転の中、絵心を育て、少なからず、その絵心が生かされる仕事を選んできた長谷だが、本格的に油絵を始めたのは、子育てと写真の仕事が一段落してから。きっかけは、東本史郎との出会いにある。育ててきた絵心に火がつき、自由に表現するおもしろさと喜びを知る。今でも、描く意欲をもらい続けているという。

 見る人に愛の伝わる絵を描きたいという長谷の原点は、宝物として大事にしている一枚の絵に見ることができる。5歳ごろであろうか。引出しから取りだした1枚の紙、表には、母の描いた絵を、裏に画面いっぱいに女の子を描き、兄に見せたところ、予想に反し「母の描いた大事な品に何をするか」と大怒り、真半分に破られてしまう。この一枚を母の形見として、大事にしているのだ。

 長谷は、生後1ヶ月で母を亡くするという悲しい運を背負わされて生きている。当然のことながら、母の記憶は全くない。自分が親となり、子育てを経験し、知るすべのない母への思いが強烈に呼びさまされたという。この思いの象徴が宝物の一枚である。永遠に知ることのできない、伝えることのできない母への心情が制作の原点となり、それが描くという行為を通して広がり、愛という表現になったのであろう。

 長谷の絵は、堂々としていて屈託がなく、素朴で生き生きとしている。自分の心をぶちまけたいと願いつつ、今日の自分はこれではないと自問しつつの制作は、情感を主とする右脳中心の活動であろうが、一方で理知的な左脳の活動による当たり前のデッサンもしっかり行なわれている。表に出ない多くのデッサンが、長谷の心をぶつけた作を支えている。具象から抽象まで幅広い作の底流をなすのは、生きているぬくもりである。

 独自の色調で描かれた愛の思いが、天国の母へ届くことを願いたい。そんな展覧会である。

 

自由美術協会会員 ニシオトミジ

2009.9/23 日本海新聞掲載記事

 

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